大判例

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名古屋地方裁判所 昭和51年(行ウ)18号 判決 1978年1月30日

原告

池登夫

右訴訟代理人

清水幸雄

服部優

右訴訟復代理人

片桐勇碩

被告

名古屋市長

本山政雄

右訴訟代理人

鈴木匡

大場民男

右訴訟復代理人

伊藤好之

被告

愛知県公安委員会

右代表者

本多静雄

右訴訟代理人

佐治良三

右訴訟復代理人

後藤武夫

右指定代理人

安藤正男

外六名

主文

一  被告名古屋市長に対する原告の請求を棄却する。

二  被告愛知県公安委員会にする原告の訴えを却下する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

一  原告と被告名古屋市長との間において、昭和四〇年九月二五日付公衆浴場法二条一項の許可(指令衛環第一四一号)が原告に対し有効なることを確認する。

二  原告と被告愛知県公安委員会との間において、同委員会は、原告が別紙目録記載の建物において営む風俗営業等取締法四条の四の個室付浴場業について同条の四第一、二項違反を理由とする営業停止命令権限を有しないことを確認する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求めた。

(被告ら)

一  本案前の申立

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

二  本案の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二  主張<省略>

第三  証拠<省略>

理由

第一被告市長に対する訴え

(訴えの適否)

本訴は、被告市長に対し公衆浴場法二条一項の許可が原告について有効なることの確認を求めるものであから、行政事件訴訟法三条四項の「処分の効力の有無の確認を求める訴訟」(無効等確認の訴え)である。

被告は、本訴が訴えの利益を欠くもので不適法である、と主張する。

しかしながら、仮に被告主張のように、原告が風俗営業等取締法四条の四第三項のいわゆる既得権者に該当せず、従つて個室付浴場はこれを営むことができないとしても、もし公衆浴場法二条一項の許可の効果が原告主張のように相続に因つて当然承継されるものであるならば、原告としては少くとも個室付浴場業に非ざる公衆浴場業は適法にこれを経営し得べきものであり、本訴において原告が求める請求の趣旨は、公衆浴場業の許可が原告について有効なることの確認を求めるというのであつて、個室付浴場業を営むべき公衆浴場業に限定している訳ではないのであるから、訴えの利益がないとは言えない。この点に関する被告の主張は採用し難い。

(本案)

一請求原因一、の事実は当事者間に争いがない。

二原告は、その先代・池竜信が昭和四〇年九月二五日付で得ていた公衆浴場法二条一項の許可の効果は同人が昭和五〇年八月六日に死亡したことに伴い浴場施設の相続人たる原告に相続、承継されている、と主張する。

よつて検討するに、公衆浴場法二条二項は、「都道府県知事は、公衆浴場の設置の場所若しくはその構造設備が、公衆衛生上、不適当であると認めるとき又はその設置の場所が配置の適正を欠くと認めるときは、前項の許可を与えないことができる。」としており、許可申請があつた場合にこれを不許可となし得る事由(審査基準)が物的事項に限定されていることは原告所論のとおりである。そして、このことを根拠にして、公衆浴場業の許可をいわゆる対物的許可と解し、その譲渡性、相続性を肯定する見解もある(同旨、磯崎辰五郎「衛生法」(法律学全集)三九頁参照)。

しかしながら、許可の効果が特定の人(申請人)に対してのみ生ずるか、あるいはそれ以外の人(譲受人、相続人)に対しても及ぶかは、先ず法令の規定により、規定が明らかでないときは許可制にした法の趣旨、目的、許可に関する法の諸規定を綜合考慮して、これを決定すべきである。

これを公衆浴場法の規定について見ると、その審査基準は前記のとおり物的事項に限定されているけれども、「業として公衆浴場を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならない。」(二条一項)として人が公衆浴場業を営むには許可を必要とする旨を明文をもつて定めた上、浴場業者が営業に際して採るべき措置を法定し(三条一項、四条、五条二項)、「都道府県知事は、営業者が二条四項の規定により附した条件又は三条一項の規定に違反したときは、二条一項の許可を取消し、又は期間を定めて営業の停止を命ずることができる。」(七条一項)として営業者の行為を原因とする許可の取消又は営業の停止を認め、「この法律施行の際、現に従前の命令の規定により営業の許可を受け、又は営業の届出をして、浴場業を営んでいる者は、二条一項の許可を受けるものとみなす。」(一三条とも規定しているのであるから、これら法文の定めによれば、法は、公衆衛生の増進及び向上を図る目的のもとに、浴場の構造、設備等についての物的要素そのものを規制の対象とするよりも、むしろ浴場業の営業行為に着目し、人の営業行為を対象とする人的規制を選択しているものと解するのが相当である(この点において、公衆浴場業の許可は、道路運送車両法五八条の車両検査、食品衛生法一四条の食品検査の類とは異なり、質屋営業法二条、旅館業法三条の許可等とその性質を同じくする。)。このように、公衆浴場法は、その目的を遂げるため、人的規制の方法を採り、公衆浴場業については営業行為の自由を一般的に禁止しておき、特定の者から許可の申請があれば審査の上許可を与えて、その者に営業行為の自由を回復せしめるのであるから、その許可はいわゆる対人的処分であり、許可の効果は当該申請人についてだけ生ずるものというべきである。(許可の審査において審査される事項は物的事由に限定されているけれども、それは申請人に営業を許すべきか否かを決定するための審査事由に過ぎない。)

従つてこれを対物的許可とする原告の主張は採用し難い。

附言するに、公衆浴場業の許可がこのように対人的処分であるとしても、このことから直ちにこの許可における物的要素の必要性が否定されるものではない。何故ならば、公衆浴場業においては、その営業の性質上、特定の設備構造を備えた浴場施設(物的要素)を当然に必要とするのであり、これなくして浴場業という営業行為もまた成り立ち得ないところであつて、公衆浴場業の許可もまたかかる営業行為を対象とするものである以上当然にそのことを前提とし、その故に物的要素を審査した上で与えられているものだからである(従つて、公衆浴場業の許可は、対人的物的許可とでもいうべきである。)。

以上のとおり、本件許可は、特定の申請人に対してのみ効果を生ずる対人的処分と解すべきものであるから、相続によつて当然承継されることはなく、その効果は当該許可を受けた者の死亡によつて消滅するのである。(なお、名古屋市公衆浴場法施行細則四条は「公衆浴場を相続により営業しようとする者は、営業許可申請書の記載事項の一部を省略することができる。相続の場合において一五日以内に前項に定める手続をしたときは、これに対する処分のあるまで被相続人の営業を継続することができる。」として公衆浴場業の許可の効果が相続されないことを前提とする規定を定めている。)

従つて、本件許可の効果が相続により当然承継されているという原告の主張は採用し難い。

三原告は、本件許可の効果が死亡によつて消滅するとすれば、法人との間に差等を設けることとなり、憲法一四条に違反する、と主張する。しかしながら、法人においても当該法人格が消滅するときは、自然人の死亡と同様にそれによつて許可の効果は消滅すると解せられるのであるから、両者に差等を設けていることにはならないのであつて、この点に関する原告の主張も採用し難い。

四そうすれば、被告市長に対する本訴請求は理由がないのであるから失当として棄却すべきものである。

第二被告公安委員会に対する請求

(訴えの適否)

本訴は、被告公安委員会との間において、同委員会は原告が別紙目録記載の建物において営む風俗営業等取締法四条の四の個室付浴場業について同条の四第一、二項違反を理由とする営業停止命令権限を有しないことの確認を求めるものである。

被告は、本件訴えが訴えの利益を欠くもので不適法である、と主張する。

よつて検討するに風俗営業等取締法四条の四第四項は、公安委員会は、個室付浴場業を営む者又はその従業者が当該営業に関し一定の罪を犯した場合には、八月をこえない範囲内で期間を定めて営業の停止を命ずることができる旨規定している。

この規定にいう「個室付浴場業を営む者」とは、公衆浴場業の許可を受けて個室付浴場業を営む者を意味し、無許可営業者を含まないものと解せられる。けだし、無許可営業者に対してはもともと営業そのものが禁止されているのであるから、これに対しさらに営業の停止を命ずる余地はないし、また、右規定による営業停止の期間を「八月をこえない範囲内」と限定していることは違反者が営業の許可を受けていることを前提としているものと解されるからである。

ところで、原告は、このまま営業するときは被告委員会から右規定に基づく営業停止命令を受けるおそれがあると言うのであるが、前記第一の項に判示のとおり、池竜信が受けた本件許可の効力は同人の死亡によつてすでに消滅しており、原告自身はその後公衆浴場法二条一項の許可を受けていないことその主張に徴して明らかであるから、被告が原告に対し右規定に基づく営業停止命令を発すべき余地はなく、被告も同旨の見解に立つていることはその主張によつて明らかである。そうすれば、被告に対し原告が本訴を提起してわざわざ請求の趣旨の如き営業停止命令権限を有しないことの確認を求める法律上の利益は何等存しない。

また、原告はこのまま営業するときは刑罰を受けるおそれがあると言うのであるが、たとえ被告に対し本訴の如き権限不存在の確認をしてみても、その効力は当事者ないし関係行政庁を拘束するにとどまり、それによつて原告が刑罰を受けるおそれがなくなる訳ではないから、かかる確認を求める法律上の利益もない。

そうすれば被告公安委員会に対する原告の本件訴えは不適法として却下すべきものである。

第三以上のとおり、原告の被告名古屋市長に対する請求は理由がないから棄却し、被告愛知県公安委員会に対する訴えは不適法であるから却下すべく、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決した。

(藤井俊彦 窪田季夫 山川悦男)

目録<省略>

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